コラム

2017年04月12日 更新

コラム「地理学を学び「見る」力を養う」
地理検定委員会委員長 溝尾良隆

 高校の必修科目から、約20年間外されていた地理が、2022年に持続可能な社会づくりに必須となる地球規模の諸課題や、地域課題を解決する力を育む新必修科目「地理総合」(仮称)として設定されることとなった。具体的には、(1)地図や地理情報システム(GIS Geographical Information System)などの汎用的な地理的技能の育成、(2)位置と分布、場所、地域などの概念を捉える地理的な見方や考え方の育成、(3)グローバルな視点からの地域理解と課題解決的な学習の展開、(4)持続可能な社会づくりに関わる資質・能力を育み、以降の地理学習等の基盤を形成、これらを新科目のイメージとしてあげている。
 上述の太字部分の「地理的な見方や考え方」とは何か。現行の学習指導要領の解説に次のように述べられている。

どこに、どのようなものが、どのように広がっているのか、こうした諸事象を位置や空間的な広がりとの関わりでとらえ、地理的事象として見出すことで、

  1.  そうした地理的事象には、どのような空間的な規則性や傾向性がみられるのか、地理的事象を距離や空間的な配置に留意してとらえる。
  2.  そうした地理的事象が、なぜそこでそのようにみられるのか、また、なぜそのように分布したり移り変わったりするのか、地理的事象やその空間的な配置、秩序など成りたたせている背景や要因を、地域という枠組みの中で、地域の環境条件や他地域との結び付きなどと人間の営みとのかかわりに着目して追究しとらえる。
  3.  そうした地理的事象は、そこでしかみられないのか、他の地域にもみられるのか、諸地域を比較し関連付けて、地域的特色を一般的共通性と地方的特殊性の視点から追究しとらえる。
  4.  そうした地理的事象が見られるところは、どのようなより大きな地域に属し含まれているのか、逆にどのようなより小さな地域から構成されているか、大小様々な地域が部分と全体とを構成する関係で重層的になっていることを踏まえて、地域的特色をとらえ、考える。
  5.  そのような地理的事象はいつごろからみられたのか、これから先もみられるのか、地域の変容をとらえ、地域の課題や将来像について考える。

これら5つの地理的事象を、旅行との関連でいくつかの例をあげながら説明しよう。

【甲府盆地のブドウの栽培】

 東京方面から中央線に乗り甲府盆地に入ると、眼前にブドウ畑が広がってくる。ブドウ畑は、盆地に流入する河川が作った扇状地上に分布し、鉄道はその畑の中を東斜面から西斜面に添うように走る。甲府盆地のブドウの栽培は古く鎌倉時代にさかのぼるが、戦後、養蚕や麦栽培が不振になり、ブドウやモモなどの果樹栽培に切り替えられた。
 甲府盆地は降水量が1200mm程度と少なく、日照時間が日本一とも言われる程長く、厚さ700m以上の砂礫層から成る扇状地は、水はけがよいので果樹栽培に適していた。さらに、膨大な人口をかかえる東京圏に隣接しているので、市場出荷と消費者への沿道でのブドウ販売・ブドウ狩りにと有利な立地条件を有している。
 甲府盆地に限らず、日本のブドウは生食用に作られてきたが、近年の日本人のワィン嗜好の高まりから、ワイン用のブドウも栽培されてきている。しかし、夏の高温がブドウ栽培に適していたが、地球の温暖化でさらに甲府盆地の温度が高くなり、ブドウ栽培に支障が生じ、ワイン用のブドウは夏季の温度が比較的低い長野県へ栽培を移している。

【関東地方の工業の変遷】

 明治時代から川崎・横浜間の埋め立て地に工場建設し、京浜工業地帯として発展した。1960年代は、千葉市以南の東京湾岸を埋め立てし、石油化学、鉄鋼などの大工場が進出して、京葉工業地帯が形成された。その後、神奈川県、東京都、埼玉県の内陸部にも、自動車、電気機器などの工場が移転し、工業地域は拡大した。1959年東京への集中を緩和するために、工業等(大学含む)制限法(2002年に廃止)が実施され、都区内にあった工場が内陸部へ移転した。さらに高速道路の整備により、北関東地域にも多くの工場が進出した。

【日本における鉄鋼業の立地変化】

 最初の近代的な製鉄所が岩手県釜石市に設置された。それは原料立地で釜石に鉄鋼石があったからである。しかし、高炉で1tの銑鉄をつくるのに5~6tの石炭を必要とし、鉄鋼製品にするまでに製品t当たり約10tの石炭を必要とする。鉄鉱石は銑鉄t当たり2~3tであったので、鉄鋼業立地は石炭地区に引き付けられ、官営の製鉄所が炭田に近い八幡市(現北九州市)に、しばらくして室蘭市に立地した。消費量の大きい石炭消費を減少させる技術が開発されたり、鉄鉱石のほかに屑鉄も使用されたりするようになると、もともと輸入原料依存の高い日本では、水深の深い港があり、需要の大きな大都市近くの臨海部に大規模な製鉄所が建設された。千葉県君津、愛知県東海、広島県福山、岡山県水島、茨城県鹿嶋などがその例である。八幡、戸畑にあった新日鉄の高炉による粗鋼の生産の大半は君津に移された。

【三富新田の耕作景観】

 埼玉県三芳町から所沢市にかけた三富新田と呼ばれる地域を、国土地理院の地形図(2万5千分1)でみると、特異な短冊形の地割が目に付く。計画的な新田開発を進めてきた川越藩が、元禄7(1694)年藩主が柳沢吉保になるとさらに大規模な開発を行ったのが、三富新田である。入植者に短冊形に仕切った地割、幅40間(約72m)、奥行き375間、1軒当たり5町歩(約5ha)を与えた。2年後、元禄9(1696)年、上富、中富、下富の3村で241戸が誕生した。
 道路に面した屋敷と屋敷林、その背後には細長い畑地が続き、さらにその先は隣との境界に向かって平地林となっている。左右の隣地には境界木・防風垣となるウツギが植えられた。背中合わせの隣地は、逆方向にまったく対称的に平地林、畑地、屋敷となり、屋敷の前が道路になっている。屋敷が道路に面したため、結果として集落は「路村」の形態となった。屋敷の周りの屋敷林には冬の空っ風を防ぐためにケヤキなどが植えられた。それがいま道路沿いは美しいケヤキ並木になっている。平地林の役割は重要で、落ち葉が肥料となりやせ地の土壌を肥沃にし、樹木が薪として燃料の役目も果たすという循環型農業が300年以上もこの地で続いている。この農法は「武蔵野の落葉堆肥農法」として、2017年に日本農業遺産に認定された。

地理学的な見方を養う

 多くの他地域と比較して、どこにでも見られる一般性と、逆にその土地にのみしか見られない固有性とを見出す、あるいは、統一があり他と隔離された特徴ある景観に着目する、そうした景観の形成要因や景観の歴史的推移の原因を究明するのが地理学なら、こうした見方をどのようにしたら養えるか。

  • 国土地理院発行の2万5千分の1の地形図を判読できるようにする。手始めに身近な居住地の地形図から、地名の意味や等高線の込み具合、集落の立地、作物などに留意し、現地に行ってみて確認をする。その習練を続ける。「地図の見方」などの書籍を購入するとよい。地図帳の主題図も手助けになる。
  • 旅行のときには、列車、航空機は必ず窓側を予約し、車では助手席に座るようにする。カーナビやiPhoneなどのGISは、位置が分からなくなったときにのみ使用する。いつも外の景色に注目し、山、川、作物、集落、工場などを観察するくせをつける。
  • 海外旅行では、地形を「見る」、気象を「肌で感じる」。

この観点から、地理学的な見方を紹介しよう。

[地形を見る]

 スイスで目にするのはアルプスの山々。日本の山々との相違にすぐに気づく。山名に、マッターホルン、ワイスホルンと、ホルンがつく。ホルンは「牛の角」。山頂は先がとがっている。これが氷河地形の特徴である。鉄道、道路は両側が垂直の壁のかなり広い谷を走っている。これは氷河が造ったU字谷で、谷の上は緩斜面のアルプの牧場になっている。谷に海水が入り込んだのが、ノルウェーに顕著なフィヨルドである。日本の谷は河川が刻んだV字谷である。
 ヨーロッパ・アルプスの森林限界は2,000mくらいで、さらにその上の2,000mが氷の山になる。それに対して日本の山は、森林限界が2,500mで山頂までの森林のない部分はわずかで、しかもハイマツなどで覆われている。どちらが優れているかではなくて、山が違うのである。日本のアルプスを国内外に紹介したウエストンは「日本のアルプスの規模は、スイス・アルプスとくらべ3分の2しかないが、渓谷の絵のような美しさ、広大な山腹を覆って静まり返っている暗い森林の荘厳さは、ヨーロッパ・アルプスで見たものをはるかに超えていた(一部修正)」と表現をする。

[気象を肌で感じる]

 北欧、中欧の人たちが夏に、イタリアやスペイン、フランス、トルコ、ギリシアなどへ大移動するのは、太陽への憧れからである。北欧・中欧では、11月から3月まで、日照時間が短く、ときおり雨が混じるという鬱な日々が続く。夏に長期間の休みを取って、海辺で太陽を浴びてのんびりと過ごさないと、1年を送ることができないと考えられている。こうしてフランスのコートダジュールはイギリス人によって「発見」された。ニースにはいまでもイギリス海岸の呼称が残る
 ハワイを例にとっても、日本人は初めから「憧れのハワイ航路」として、ハワイを外国、アメリカで見てきたが、冬季に寒いカナダやアメリカでは、ハワイは冬季に暖かいリゾート地として訪れ、同時にポリネシア文化を垣間見ることができる地として、人気がある。ハワイの中でもワイキキは早くから埋め立てや排水処理などして開発されたが、ワイキキの利点は1年中、ほとんど雨が降らないことである。日本人は短期間(多くは4泊)滞在するのが一般的であるが、滞在中雨が降ることがない。この点が、海の美しさ、文化的魅力のある沖縄が、高い湿度と台風や雨が多く、リゾートとしてハワイに勝てない点である。
 ニュージーランドでも注意が必要である。南島の目玉となるマウントクックやトレッキングで知られるミルフォードサウンドの年間降水量は、それぞれ4,000mm、7,500mmである。雨の多い屋久島を想定するとよい。つまり雨に降られる確率が高いということ。さらに南島は、晩秋から冬季になると花が無くなるので殺風景になる。こうした点を念頭に旅行時期を選択する。

旅行の目的地を地誌学的視点から学ぶ -アイスランドを事例に-

 旅行の目的地が決定したときに、自然、人文を総合化して地域の特徴をとらえる地理学的見方の一つである地誌学的視点から、アイスランドを例にして学んでみる。
 昨今、アイスランドのツアーが旅行会社から、比較的多く企画されるようになった。しかし、その目玉が、オーロラが間近に見られること、大露天風呂に入ることになっている。これでは、アラスカや他地域と比較して、アイスランドの優位性が伝わらない。
 アイスランドの魅力は、

  1.  地球の割れ目のギャオ(あるいはギャウ)の存在である。東日本大震災以降、日本人の間にプレートに対する理解が深まっている。日本に地震が多いのは4つのプレートが集中しているからである。一般に、海洋プレート(日本では、太平洋プレートとフィリピン海プレート)が大陸プレート(同じく、北アメリカプレートとユーラシアプレート)の下に潜り込んでいるところでは、境界は深い海溝となっているので、その境界部分を目にすることができない。しかし、アイスランドでは、大陸プレート(ユーラシアプレートと北アメリカプレート)が接しており、双方が離れていく状態である。つまり、そこは地球の割れ目で、地下からマグマが噴き出すため火口列が見られる。アイスランドの大西洋中央海嶺の山頂が地表に出ているプレート部分は、世界でもっとも広範囲に見られるものである。
     地球はできてから46億年経っているのに、アイスランドはまだ1千万年。滝も多く、ヨーロッパ随一の氷河もある。火山は、氷河の中で爆発・成長したものがほとんどで、氷底火山という。氷河の下で爆発し、1か月後洪水が起こるというのもある。海岸沿いの500mの断崖は、氷河期が終わり、氷の重しがとれたため、全体が盛り上がって海蝕を受けてできたのである。

  2.  アイスランドではまだ「土」ができていない。首都レイキャヴィークの背後地は標高500mの溶岩台地で、苔のみが見られ月世界のようであり、足をふみいれることができない。土が厚くないのでふつうの農業はできない。ジャガイモが辛うじて栽培でき、麦が取れるようになった。野菜は温水による温室栽培。ビールの生産も増加した。羊の放牧が主で、50万頭の羊が飼育され、かつて羊が主食だった。漁業は盛んで、まちは海辺に張り付く。捕鯨船があり捕れたくじらは日本へ輸出される。ホエールウォッチングのツアーもある。魚・肉を野菜と交換する。
     豊富な水を利用して水力80%、地熱20%の電力を利用したアルミニウム工業に力を入れている。
     こうした地形から、ヴェルヌはアイスランドを『地底旅行』の舞台にした。映画「硫黄島からの手紙」の撮影個所にもなっている。

  3.  噴火を続けているので温泉は豊富。首都レイキャヴィークとは「煙の湾」の意味で、煙は湯煙り。温泉は暖房、地熱発電に利用されている。有名な露天風呂、ブルー・ラグーンは、地熱発電に使用された温泉が再利用されずに、溶岩台地に放棄されて溜まった池である。1976年から温泉再利用の研究が始まり、1987年に温泉施設として営業開始した。
     間欠泉のことを、英語とドイツ語はゲイシールという。アイスランドの間欠泉名から来ている。

  4.  気象。アイスランドは北緯65度付近に位置し、アメリカ大陸でいえばアラスカの中部である。しかし、暖流のメキシコ湾流(北大西洋暖流ともいう)が島を覆うので、冬季札幌ほど寒くはならない。
     しかし12-2月は日が出ているのが2-3時間。暗いうちに学校や職場に行き暗くなって帰ってくる。天気が悪い日は、1日中、真っ暗。1日の気象の変化が激しい。道路沿いに、救命小屋がある。ケルンもある。風が強い。風による害を少なくいするために、荒れ地によく育つルピナスを植えている。
     冬季、夜の時間が長いことをマイナスにせずに、読書時間は世界一といわれ、総人口わずか30万人の中から、これまでに二人のノーベル文学賞受賞者が出ている。編み物も盛んで、手織りのセーターは、集めて販売する。なるべくみんなが集い、歌い、踊り、楽しく過ごすようにしている。それでも、冬季に鬱の人も出るし、アル中患者も出る。しかし、アル中患者は恥ずかしいことでなく、率先して現在の状況や立ち直った場合の経験談を話す。更生の仕組みがしっかりとしている。

 以上、地形・気象条件、それが影響を与える産業や生活を見てきたが、その他に注目すべきは、アイスランドでの男女平等度が、2009年以来世界ナンバーワン、ちなみに日本は2016年144か国中111位。背景に手厚い育児支援や女性登用のクォーター制度がある。消費税は高いがその分、水道料、18歳以下の病院代、義務教育期間中の教育費、これはすべて無料。特筆すべきは、930年、世界初の民主議会、アルシング(全島集会)が開かれ、憲法が制定された。場所はギャオである。

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